2016年10月12日

際空港に無事到

沖縄県東村高江周辺の米軍北部訓練場内ヘリパッド建設に抗議する市民らを警察機動隊員らがロープで縛り、拘束した。中には蔡加讚、笑いながら「首も絞まっちゃうよ」と対応した警察官もいたという。市民らは「こんなやり方は初めて。絶対許せない」と怒りに震えた。

 
市民らによると、約20人が訓練場内で抗議行動。十数人がH地区わきの高さ10メートル以上ある急斜面の伐採地で座り込みなどしていた際に縛られたという。

 
女性は「首が絞められると訴えたのに、『声が出ているから大丈夫』と言われた。ひどい」と批判。拘束の際に左足首をねんざした50代男性は「救急車を呼んでと言っても対応しなかった」と憤る。引き上げる際に警察官が足を滑らせて、男性は切り株に腰を強打。「こんな危険な場所でこんな乱暴なやり方があるか。警察は市民を守るのが仕事のはずだ」と強調した。

 
ロープで縛る行為について28日夜まで沖縄県警本部にも報告はなく、一部の幹部からは「本当にそんなことしたのか?」と戸惑いの声も。日米地位協定で米軍に管理権があるにもかかわらず、県警が市民を事実上拘束する権限を行使できるかについて「微妙な部分がある」との指摘も上がった。

 
ある県警幹部は、事実を確認していないとした上で「基地内は米軍の同意がなければ逮捕できない。ロープで巻き付けるのは事実上の逮捕行為蔡加讚と取られる可能性もある」と疑問を呈した。

 
市民側の小口幸人弁護士は「ロープで縛ることは、身体の自由を拘束する危険な行為で、通常は逮捕・監禁罪に該当する。県警は『安全確保の措置』と言うが、こんな行為を直接許す法律はない。特別公務員職権乱用罪などに問われることもある」と県警の手法を厳しく指摘した。



米軍施設内に入り込んで崖などで座り込みをするからだろう。ロープをかけたのは転落・滑落防止のためで逮捕行為ではないだろう。米軍施設内での警察権の行使は米軍側の同意を得るか米軍に嘱託して行うことになるが、排除すること自体警察権の行使だし、米軍がやったらもっと大騒ぎになるだろう。米軍は日本側が米国側に警察権を行使することについては、「ああだこうだ」と言うが、日本人同士の場合は何も言わない。何よりも大元の原因を作ったのは市民さんと称される人たちだろう。その違法行為はどうなんだ。

三菱航空機(愛知県豊山町)が開発を進める国産初の小型ジェット旅客機MRJ(三菱リージョナルジェット)の1号機が28日夕(日本時間29日午前)、飛行試験の拠点となる米ワシントン州のグラントカウンティ国際空港に無事到着し、初の海外フライトを成功させた。


青空の中、現れたMRJのスリムな機体が次第に大きくなり、滑らかに降り立つと、待ち構えていた関係者から大きな歓声が上がった。26日に県営名古屋空港を出発し、ロシア・カムチャツカ半島や米アラスカ州などを経由。フライト距離は約8300キロに及んだ。今後、商業運航に必要な「型式認証」の取得に向け、米国で飛行試験を重蔡加讚 ねる。

 
フライトは当初、8月中の予定だったが、空調システムのトラブルで名古屋空港を離陸後に2度引き返した。到着後の会見で、モーゼスレイクフライトテストセンターの岩佐一志副センター長は「MRJにとって大きな一里塚だ。世界のベストセラー機になるように開発を進めていく」と抱負を語った。

民進党の蓮舫代表が28日の参院本会議で就任後初の代表質問に立ち、安倍晋三首相との直接対決に臨んだ。蓮舫氏は22回も「提案」を繰り返して責任政党をアピールしたが、随所に首相の経済政策「アベノミクス」や社会保障政策への批判を織り交ぜ、提案の中身そのものには具体性を欠く場面も目立った。一方、首相は旧民主党政権の失政を徹底的に指弾し、対決モードを全開にした。(清宮真一)
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2016年04月13日

名前が付いているだけあって

   
家に近くに「蝉坂」という名前の坂がある。なかなか勾配がきつく長い、立派な坂だ。 由来を記す北区教育委員会布吉機票の案内文も立っていて、そこには鎌倉時代と江戸時代の逸話が書かれている。 

坂を登る時、右手に石垣がそびえ、その上に神社が建てられている。

ところで僕は勝手にこの坂のことを「ミミズ坂收回價」と呼んでいる。 夏に雨が降ると、神社の石垣の隙間から何千何万というミミズが坂道に這い出てくるからだ。 

「何千何万」というのは決して誇張ではなくて、雨の日にそこを歩く人は、みんな自分の足元を見て歩いている。 注意しないとミミズを踏み潰さないこと無しには歩けないのだ。

恐ろしいことに、僕は病院のバイトの帰り道いつもこの坂を通るのだが、その坂を通るときはいつも夜だったので、雨の日にミミズが大量発生していることに気づくまで引っ越してから半年かかった。 きっとそれまでに何十匹ものexuviance 果酸 ミミズを踏み潰していたのだろう。 南無。
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2016年02月18日

ピックがいよいよ

開会式は、28日だが、
競技としては、25日の女子サッカーに始まり、
8月12日のマラソンで終わる格好となる。

マラソン競技の距離が、今使われているような
42,195キロとな澳門套票ったのは、
1908年に開催されたロンドンオリンピックからだという。

マラソン競技は、
古代ギリシャのマラトンの戦いで、
マラトンからアテネまで戦況を知らせるために
駆けていった故事にちなんで、同様な距離を目安として
第一回のアテネオリンピックから始まったもの。
その距離がおよそ、40キロ(26マイル)だったことから、
近代オリンピックもそ翻譯れに則り、
それぐらいの距離にしていたようだ。

1908年のロンドンも、
国王が住むウィンザー城からシェファードブッシュ競技場間、
道のり26マイルと決まっていた。
だけども、
時のイギリス王エドワード7世の王妃アレクサンドラが、
スタート地点を宮殿の庭とし、
ゴール地点は競技場のボックス席の前を希望したとされる。
それは、王妃にとって、
目の前でスタートを見ることができ、
また、ボックス席でゴールを見ることができることを意味する。

何と身勝手なと思うが、
それまで正式な距離がなかった以上、
イギリス国王や王妃の恣意や身勝手と言うべきものでもないようだ。

それに伴って、当初の26マイルから385ヤード長くなった。
その後、
何と、この距離がマラソン競技の正式な距離となった。

可哀想なのは、
その時、第一位で競技場に入ってきたイタリア人の
ドランド・ピエトリ選手。
競技場がゴールと思いその場で倒れ込んでしまったが、
ボックス席前がゴールに変更されたため、
抱きかかえられてゴールするが、そのために失格となってしまう。

マラソンは、よく人生に喩えられるが、
栄光を讃えられるも、
悲劇的な人物とnu skin 如新なるも、
些細なことに起因することが多い。
さあ、今度のオリンピック、
どんなドラマが生まれるか。
posted by wenwenhg at 16:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする